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12話 深夜の潜入と、無防備な寝顔

Author: みみっく
last update Last Updated: 2026-03-05 20:01:38

 鏡の前で自分の身勝手な理由に自問自答を繰り返すが、脳裏に浮かぶのは、あの公園で力なくユウに縋り付いてきた、熱く、柔らかな身体の感触だった。あんなに弱々しい「女神」を放っておけるはずがない。

 ユウは改めて自分に言い聞かせ、リビングへと向かった。

「おい、ユカ。コンビニへ行ってくるけど……買うものあるか?」

「ないよー♪ ありがとぉー!」

 ソファーでくつろぐユカは、兄の焦燥には気づく様子もなく、気楽な声を返す。ユウは玄関のドアノブを掴むと、念を押すように妹を振り返った。

「俺がいない間、誰が来てもカギを開けるなよ。何かあれば、すぐにスマホに連絡な」

「はいはい、分かってますよー♪」

 背後でユカの能天気な返事を聞きながら、ユウは夜の闇へと足を踏み出した。春の夜風は思っていたよりも冷たく、それが余計に、向かいのマンションの一室で震えているかもしれない彼女への焦りを募らせた。

深夜の潜入と、無防備な寝顔

 コンビニの自動ドアを抜け、ユウは夜の冷たい空気の中を急いだ。腕に提げた袋の中では、数種類のスポーツドリンクと果物入りのゼリー、朝食用のヨーグルトが重く揺れている。元気になった時のためにと、彼女が好きそうなお菓子も無意識にカゴに入れていた。

 再び訪れたマンションの二階。重厚なドアの前で立ち止まり、ユウは緊張で強張る指先でインターフォンを押し込んだ。

 ピンポーン――。

 静まり返った廊下に、無機質な音が虚しく響き渡る。一分、二分と待っても、扉の向こうから足音が聞こえてくる気配はない。

(具合が悪くて外出してるなんて、ありえないよな……。まさか、意識を失ってるとか……?)

 最悪の想像が頭をよぎり、背筋に冷たいものが走った。ユウは祈るような心地で、恐る恐るドアノブに手をかけ、力を込める。すると、カチャリという音と共に、ドアは呆気なく内側へと滑り込んだ。

「……鍵、閉めてねえのかよ。不用心すぎるだろ……」

 ユウが帰る際に言った言葉を、彼女は実行できる状態ではなかったのだ。悪いとは思いつつも、今は心配が勝っていた。ユウは暗い玄関に足を踏み入れ、声を潜めて呟いた。

「おじゃましますよ……」

 薄暗いリビングを通り抜け、例の「ソフィアのおへや」の前に立つ。一度短くノックをしてから扉を開けると、そこには、熱に浮かされ、浅い呼吸を繰り返しながら眠る彼女の姿があった。

 ベッドの脇の机の上には、ユウが言った通りに脱ぎ捨てられることなく、丁寧に畳まれた制服が置かれている。あんなに辛い状態でも、ユウの言葉を守ろうとした彼女の健気さに、胸の奥がチリりと痛んだ。

 常夜灯に照らされたソフィアの顔は、昼間よりもいっそう赤みが強く、時折苦しげに眉をひそめては小さな吐息を漏らしている。

「星野さん……?」

 ユウは持ってきた袋を床に置き、彼女の様子を伺うために、その枕元へと膝をついた。

深夜の看病と、熱に浮かされた指先

 浅い呼吸を繰り返す彼女の姿に生存を確認し、ユウは肺に溜まっていた空気を安堵と共に吐き出した。だが、枕元に寄り添い、無意識にその美しい金髪を指先で払って額に触れた瞬間、指先に伝わる尋常ではない熱さに再び心臓が縮み上がった。

(……まだ、こんなに熱いのか)

 ユウは「お邪魔します」と心の中で繰り返しながら、彼女の生活空間へと足を踏み入れた。脱衣所で洗面器に水を張り、清潔なタオルを数枚拝借する。寝室に戻ると、ユウは熱で火照り、汗ばんだ彼女の首筋や手元を湿らせたタオルで慎重に、けれど手際よく拭い始めた。

 普段の彼女を纏っている、あの神々しいまでの「女神」のオーラは、今はどこにもない。そこにあるのは、ただ熱に耐え忍び、誰かの助けを必要としているか弱い一人の少女の姿だけだった。この細い肩を、この熱を、自分が守らなければならない。そんな使命感にも似た感情が、ユウの胸を支配していく。

 額に冷たいタオルを置こうとしたその時、彼女の睫毛が微かに震え、重たげな瞼がゆっくりと持ち上がった。

「わぁ……ユウ……くんだ……」

 焦点の定まらない瞳がユウを捉えると、彼女は驚く風でもなく、ただ蕩けるような、この上なく無防備な笑みを浮かべた。いつもユウを「夜月くん」と呼ぶ彼女の唇から溢れた、親密な呼びかけ。安心しきったように自分の名を呼ぶその掠れた声に、ユウの心臓は激しく、そして暴力的なまでに高鳴った。

(……そんな声で、そんな顔で笑うなよ)

 寝ぼけているのだろうか。それとも、これが彼女の本当の望みだったのだろうか。ユウは、彼女が差し出した見えない手を取るように、熱いタオルを握り直すことしかできなかった。

熱の迷路と、火照った唇の宣誓

 濡れタオルを絞り直そうとした、その時だった。

 熱で力が入らないはずのソフィアの細い指先が、ユウのシャツの裾をぎゅっと、縋り付くように掴んだ。

「っ……! 星野さん?」

 引き寄せられるままに上体を屈めると、彼女の潤んだ瞳が、至近距離でユウをじっと見つめてきた。高熱に浮かされたその瞳は、熱い霧の向こう側からユウの心を覗き込んでいるような、妖しくも美しい光を宿している。

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